〝麻〟を知る【後編】
〜人類に最も愛された素材〜
【1】リネン(亜麻)と共に生きてきた人類
人とリネン【亜麻】の歴史はとても古く、長いものです。
リネンはいつの時代も人々の近くに存在し、常にその生活に欠かせない素材であり続けてきました。
その証拠に、「リネン(Linen)」を語源とする身近なものや言葉が、僕達の周りには沢山あります。
一番わかりやすいのは、「Line(ライン)」でしょうか。
言うまでもなく「線」や「列」という意味です。
これは「Linen【亜麻】で作られた、細くて丈夫な糸」というのが語源です。
「真っすぐ伸びる糸」というイメージから、「線」「列」「筋」と繋がっていったのでしょう。
ちなみに、出発地と目的地を真っすぐ結ぶ飛行機の「航路」を指して、〝Air Line〟なんていう使われ方もしますよね。
その他、下着を意味する「ランジェリー(Lingerie)」も、リネン(Linen)のフランス語読みである「Lin(ラン)」が語源です。
下着・肌着は元々ほとんどが、リネン素材だったのです。
人類がリネン【亜麻】を使い始めたのは、およそ1万年前だと言われています。
紀元前8000年に、世界文明発祥の地ティグリス・ユーフラテス川に自生していたことが、研究で明らかになっています。
古代エジプト王朝時代、リネン【亜麻】は「Woven Moonlight(月で織られた生地)と呼ばれ、人々に神聖なモノとして認識されていました。
実際、神事の時に神官が身に纏った「カラシリス」という巻衣にはリネン【亜麻】が使われていたし、当時ピラミッドに葬られた王のミイラを包んだ布も、リネン【亜麻】素材でした。
さらに、先史時代のスイスで湖上生活をしていた民族が、リネン【亜麻】で衣服や、船で使う帆・ロープを製造していた ということも明らかになっています。
こうして古代文明時代に芽生えた、様々な「リネン文化」は、そのまま中世ヨーロッパの文化へと継承されていきます。
【2】ヨーロッパの「リネン文化」
ヨーロッパには中世から続く「リネン文化」がしっかりと根付いています。
例えば、シーツやピローケース・パジャマやタオルなどを称して「ベッド・リネン」と呼ばれているし、
テーブルクロスやナプキンなどは「テーブル・リネン」と呼ばれます。
古くからヨーロッパでは、家風や品格・美意識を象徴する「テーブル・リネン」や「ベッド・リネン」は、母から娘へ娘から孫へと、代々引き継がれていくものでした。
これは今でもヨーロッパの一部の良家の間で、伝統として守られています。
【3】世界中でリネンが重用される理由
伝統的なヨーロッパ文化に限らず、権威や格式を重んじる場では、必ず リネンが採用されます。
一例として、世界的な一流ホテルのベッドまわりやテーブルまわりがそうだし、
服飾の世界でも、フォーマルな場での使用に最も適した「ポケットチーフ」や「ハンカチーフ」は、白いリネン製のモノです。
ではリネンはなぜ、このように永きに渡り人類に重用されてきたのでしょうか。
その理由は、
気候の変動にめっぽう弱い人類が、生きる為に必要としていた能力を、
この「麻」という素材がことごとく持っていたからなのです。
その能力とは、
「あらゆる環境に対応できる」
という、ある意味奇跡的なものでした。
(※ここからは、リネン【亜麻】を含めた、麻全体の特性として、話を進めていきます)
【4】「あらゆる環境に対応できる」麻の魅力
①暑い環境を凌ぐのに適した能力
「抜群の吸水・発散性」と「高い熱伝導率」
一般的に、麻がコットンやシルクなどの他繊維に比べて、「吸水・発散性」に優れていることはよく知られていますよね。
でもここで注目したいのは、それに加えて「高い熱伝導率」を持っているということです。
皆さん、夏になると〝接触冷感〟という言葉をよく耳にすると思います。
触るとひんやりと感じる〝あれ〟です。
〝接触冷感素材〟とは、生地自体が冷たいのではなく正確には、
「熱伝導率が高い」素材を使いその性質を利用して、触った人に「ひやっと感じさせている」のです。
物質間で熱が伝わる現象を「熱伝導」と言い、その伝わり具合のことを「熱伝導率」と言います。
つまり、わかりやすく言うと、
「接触した物質の熱を奪い取る能力が高い」ということです。
麻は、天然繊維の中で突出した「熱伝導率の高さ」を誇っています。
【代表的な天然繊維の熱伝導率比較】
※空気の熱伝導率を0.2とした場合
羊毛(メリノ種) 0.37
絹(シルク) 0.44
綿(コットン) 0.54
麻(リネン) 0.63
麻が「夏の暑さを凌ぐのに最適な素材」である理由は、こういった特性の部分にあるのです。
②圧倒的な耐久性を誇る丈夫さ
天然繊維の中で最も〝強靭〟な繊維が麻です。
麻は、平準時よりも湿潤時の方が60%も〝引裂き強度〟が増すと言われています。
つまり、「水に濡れると、より丈夫になる」ということです。
船舶を船着場に横付けする時に使う「係留ロープ」を想像してもらうと、分かり易いですね。あれは、麻縄です。
「水に濡れると強度が増す」という麻の特性を利用した、先人の知恵です。
【船舶の係留ロープ】
これを洋服に活かした例が、「ダッフルコート」のトグルと麻縄の仕様です。
ダッフルコートは、元々北欧の漁師が着ていた防寒用のオーバー・コートでした。
詳しくは、過去の記事に書いていますので、そちらをご覧ください。
これも麻の特性をよく理解した、先人の知恵です。
そして、「水に強い」ということは、そのまま「洗濯に強い」ということです。
そう、一般的に言われている「麻=洗えない素材」というのは、完全にとまでは言いませんが、本質的な部分では間違っています。
麻のシャツなどは、「使って洗って」を繰り返して起きる「経年変化」を楽しむ素材です。
よく考えてみてください。
「発散性」抜群で、さらに「水に濡れると強度を増す」強靭な素材が「洗えない」と言う主張の方が無理がありますよね。
でも、「洗濯ネットに入れる」とか「あまり洗濯機を回し過ぎない」とか最低限の配慮はしてあげてくださいね。
④実は寒い環境を凌ぐのにも適した〝保温能力〟
ほとんど知られていませんが、麻は「保温性」を備えた繊維です。
ゆえに、実はオール・シーズン使用可能な素材なのです。
しかし、今まで説明した特性や一般的なイメージからすると、にわかには信じがたいと思います。
「夏の暑さを凌げて、かつ冬の寒さも凌げる」
この相反する課題を一気に解決してしまえるのが、麻が持つ〝奇跡の能力〟の最たるものです。
これが可能な理由は、
麻が「中空構造の繊維である」ということに尽きます。
「中空構造」とは、繊維の中が空洞になっているということです。
つまり、カラクリはこうです。
暑い夏はその優れた「吸水性」で、汗などの水分をその空洞の中に素早く溜め込み、抜群の「発散性」で外に逃がします。
さらに、同時に高い「熱伝導率」で熱を奪い取ります。
そして寒い冬は、あまり汗をかかないですし、湿度も低く乾燥しているので、その空洞の中には水分の代わりに、たっぷりの「空気」を溜め込むことが出来ます。
ダウンやキルティングの原理を考えたらわかると思いますが、「空気をたくさん含むことが出来る」ということは、そのまま「保温性が高い」という事に直結するのです。
こういった理由から麻は、
「夏の暑さを凌げて、かつ冬の寒さも凌げる」オールシーズン使用可能な「万能素材」と言えるのです。
ですから、リネン素材のベッドリネンは本来冬でも快適ですし、リネン素材のカーテンは、冬でも暖かいのです。
とはいえ、
現在こういった事実が一般的でないのは、技術の進歩の結果、もっと暖かい人口繊維が開発されたからです。
夏で言えば、「COOL MAX」や「N クール」
冬で言えば、「ヒートテック」や「ヒートファクト」などですね。
これは、非常に素晴らしい事だと思います。
しかし、皮肉なことに…
21世紀の現在に至っても、
「夏の暑さを凌げて、かつ冬の寒さも凌げる」
という課題を一気に解決する繊維は存在しません…
麻は1万年も前に、この課題をある程度解決し、人類に認められ、現在に至るまで愛されています。
そう考えると、
人間が出来ることなど、たかが知れているのかも知れませんね。
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