〝服を大切に着る〟ということ【2】
〜クリーニングの落とし穴〜
突然ですが皆さん、
「1シーズン着たスーツやコートは、まとめてクリーニングに出す」
なんてことを、なんの疑いもなく長年続けていませんか?
これは、〝服を大切に着る〟ということとは程遠い、危険きわまりない行為です。
【1】「洗濯する」とはどういうことか
家庭洗濯・クリーニングも含めた「洗濯」とは、
着込んだ洋服の、
「汚れを取り除き、生地も繊維も買ったときの状態に戻すこと」
だと思っていませんか?
もっと言うと、
着込んで汚れたり、くたびれた生地や繊維も、
〝クリーニングに出せば、もと通りになって帰ってくる〟
と思っていませんか?
実は、それは大きな間違いです。
「洗濯をする」とは、簡単に言うと、
〝汚れを引き剥がす〟こと。
その1点のみに集中することです。
それ以外に、「洗濯」が背負った役目はありません。
【2】〝汚れを引き剥がすこと〟と〝汚れの種類〟
では、〝汚れを引き剥がす〟とはどういうことなのでしょうか。
イメージとしては〝引き剥がす〟というより、
服についた「汚れ」を別の何かに〝移してしまう〟という方が近いですね。
その前提として知っておくべきは、「汚れの特性」です。
「汚れ」というのはその特性をによって、3つに分けることができます。
①親水性の汚れ… 水に溶解する汚れ
→ 酒(ワイン・ビールなど)・醤油・ジュース・ソース・コーヒー・ラーメンの汁・カレー・マヨネーズなど
②親油性の汚れ… 油(有機溶剤)に溶解する汚れ
→ チョコレート・バター・生クリーム・ファンデーション・ボールペン・クレヨン・油性インク・口紅・朱肉など
③水によって分散する汚れ
→ 泥・埃・花粉など
まずは、この3分類をしっかり理解すること。
さらには、
この汚れの種類によって、〝効果的な洗濯方法が違う〟
という事実を知っておくことが、なにより大切なことです。
【3】汚れの種類に応じた洗濯方法
現状、一般的な洗濯方法は、
〝水系洗濯〟と〝非水系洗濯〟の2種類に分類されます。
①水系洗濯… 水を溶媒して用いる方法(水洗い)
→家庭洗濯・ランドリークリーニング・ウェットクリーニングのことです。
〈汚れとの相性〉
この洗濯方法では、〝親水性の汚れのみ〟を落とします。
ですから、〝親油性〟の汚れは全く落ちません。
逆に言えば、
汗はもちろんコーヒー・ソース・カレーなど、多くの人が、こぼした時に発狂しそうになる汚れは、
すぐに対処すれば、簡単に〝水で落とせる〟ということです。
②非水系洗濯…水以外の溶剤を使用する方法(塩素系・石油系)
→ いわゆる「ドライ・クリーニング」がこれにあたります。
〈汚れとの相性〉
この洗濯方法では、〝親油性の汚れのみ〟を落とします。
ですから、〝親水性〟の汚れは全く落ちません。
つまり、
ドライ・クリーニングでは、
ソースや・カレー・コーヒーなどの皆さんが落としたい
〝多くの食品汚れは落ちない〟ということです。
さらに言うと、
綺麗になったと思い込んで、そのまま次のシーズンまで保管することになった場合、
虫の大好物は、ドライ・クリーニングで落とせなかったこの〝食品汚れ〟なのです。(化粧品汚れや、インク汚れの部分は食べません。)
「ドライ・クリーニングに出したのに虫に食われる」原因のひとつがこれです。
【4】それぞれの洗濯方法と繊維との相性
①水系洗濯
多くの繊維は、水を吸い込みますので、
水系洗濯によって繊維には、2つの現象が想定されます。
1.膨潤
膨潤とは、繊維分子の間に水が入り込んで分子の間隔を広げることです。
この力は極めて大きく、これによって繊維に〝歪み〟が生じます。
この〝歪み〟により、
■糸の撚り(より)が解放されゆるむ
■羊毛の縮絨
■アイロン・ワークで、丸みをもたせて仕上げられた部分の型崩れ(スーツの肩のいせ込みなど)
■縫い目のパッカリング
などの現象が予想されます。
2.変退色
もともと水に溶解しやすい染料(直接染料・分散染料)が変色したり、退色したりすることが予想されます。
ウール製品や、ジャケットなどの洗濯表記が「ドライ・クリーニング」となっているのは、水洗いするとこれらが懸念されることが大きな理由です。
②非水系洗濯
先ほど、「多くの繊維は水を吸い込む」と言いましたが、
実は水を吸い込む繊維というのは、
ドライ・クリーニングで使われるような「石油系有機溶剤」は吸い込まないという特徴があります。
ですから非水系洗濯の場合は、水系洗濯の際に懸念されるような「膨潤」「変退色」は起きません。
その代わり、プラスティックを溶解するので、
以下のようなことが想定されます。
■塩化ビニールやウレタンコーティングの剥奪
■フロック加工の剥奪
■〝接着芯〟を使用した、スーツの上着やジャケットの接着剤の剥奪。
→安物のスーツの芯地はほぼ確実に、安価な接着芯なので、簡単に剥がれます。ご注意ください。
→しっかり仕立てられたスーツの芯地には〝毛芯〟が使用され、それと表地とが糸で無数に縫い付けられているので(ハ刺しと呼ばれる高度な職人技です)それほど心配ありません。
といったところが、
「それぞれの洗濯方法と繊維との相性」なのですが、
皆さん、お気づきでしょうか。
今あげたことは全て、繊維にとっては〝ダメージ〟でしかないことを。
つまり、
〝洋服は、クリーニングに出せば出すほど、生地や繊維が劣化する〟ということ。
これだけはぜひ、覚えておいてください。
【4】クリーニングの落とし穴
「生地や繊維を傷めないように」や「形状を崩さないように」などと願うことは、
洗濯の最中は全くもって無意味です。
「生地や繊維を傷めないように」というのは、洗濯している時の〝環境〟の問題だし、
「形状を崩さないように」というのは、その後のアイロンワークの技術(復元技術)の問題です。
それを実現するには、
相当な設備投資と、高度なアイロン技術を持った職人がいる
ことが最低限の条件ですので、
当然ながら、どこでも簡単にできることではありません。
こう考えると、
〝そこら中にクリーニング屋がある〟
と言う現状は、実はかなり異常なのです。
〝安い価格で、すぐ仕上げます〟〝業界屈指のシミ抜き力〟
といった文言が、最初に目に飛び込んで来るようなクリーニング屋は、
「とにかく早く済ませること」・「汚れを無理矢理引き剥がすこと」しか考えていません。
これでは、
「生地や繊維のことなど、知ったことか」
と言っているのと同じです。
そういう店に自分の洋服を出すということは、
〝大切な洋服を虐待している〟ことに他なりません。
【5】服と永く付き合うために大切なこと
僕は、スーツやコートをクリーニングに出すことが滅多にないので、
クリーニング代が存在しません。
そもそも、
「お金を払って、生地や繊維を傷めつける行為」に興味がありません。
クリーニングは、どうしようもない汚れが付いてしまった時のみに限定しましょう。
そして、きちんと〝仕事をしてくれる〟クリーニング屋を選びましょう。
なによりもまず、大切な洋服を着ている時(例えばスーツやドレスを着て食事をするシーン)にそんな汚れがつかないよう、
〝品のある行動〟をあなた自身が身につけましょう。
〝服を大切に着る〟とは、そういうことです。
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