スウェットシャツの来た道【2】
〜スウェットシャツの父 「フットボール」の発展〜
こんにちは。
前回の「スウェットシャツの来た道【1】」では、〝スウェットシャツの母〟である、「ジャージ」というマテリアルについてお伝えしました。
今回は、スウェットシャツの〝もう1人の生みの親〟である、「フットボールの発展」について、その歴史を辿っていきたいと思います。
【1】フットボールの成り立ち
現在の「フットボール」の定義は、程度の差はあるにしろ、「得点するために、相手陣地のゴールにボールを蹴り込む要素を含む、様々な スポーツの総称」というものです。
例えば、
・「サッカー」として知られる、アソシエーションフットボール
・「ラグビー」として知られる、ラグビーフットボール
・「ラグビー」がアメリカに渡って発展した、アメリカンフットボール
・初期の「フットボール」に最も近いと言われる、アイルランドのゲーリックフットボール
・その他にも、オーストラリアンフットボールや、カナディアンフットボール
など、国と地域によって実に様々な形の「フットボール」が存在します。
これら全ての「フットボール」に通じる原型は、一説には、古代ローマ時代に盛んに行われていた、「ハルパストゥム(harpastum)」という球技だとも言われています。
これが古代ブリタニアに伝わり、その後成立した大英帝国〜イギリスにおいて、そのまま根付いていったと言うものです。
さらに、大英帝国時代のイギリスは、世界各地に植民地を持っていた為、それらの国々に広められ、各国で形を変えて発展していったのです。
もうひとつの発祥説として伝わるのが、古戦場で兵士達がふと見つけた、恐らくは敵のものであろう頭蓋骨を、蹴って遊んでいたのが始まりだった。
というものです。
これらの真偽のほどはさておき、
発祥当時の「フットボール」は、スポーツと呼べるようなものではなく、各地の至る所で、人々によって大衆的に行われていた”玉蹴り遊び””草蹴球”程度のものだったのでしょう。
【2】フットボールの「スポーツ化」と「分化」
そんな〝玉蹴り遊び〟〝草蹴球〟が、ひとつの「スポーツ」としてルール化されるのが、19世紀初頭。
イギリス良家の子弟の為の全寮制学校、パブリックスクールでのことです。
1820年代には、パブリックスクールの生徒の間で、フットボール(草蹴球)が盛んに行われてた記録があり、大変人気があったようですが、
問題は、「ボールを求めて体を激しくぶつけ合う」というフットボールが持つ〝激しい競技〟としての側面でした。
これを巡って、たびたび暴力行為やいじめが問題になっていたそうです。
そこで、パブリックスクールのひとつである、ラグビー校のトーマス・アーノルド校長が、フットボールと暴力の問題をきちんと取り上げ、スポーツとしてルール化しました。
こうして、現在につながる〝スポーツとしてのフットボール〟つまり、「クリーン・フットボール」が誕生したのです。
彼らはパブリックスクールを卒業し、大学に進んでからも「フットボール」を継続して熱狂的に行い、その結果、「フットボール」はスポーツとして、ケンンブリッジ大学やオックスフォード大学へと広がっていきました。
ちなみに、このラグビー校が「ラグビーフットボール」の名前の由来で、
1823年に同校で行われたフットボール(現在のサッカーのような形態のもの)の試合中に、ウイリアム・ウェップ・エリスというひとりの少年が、ボールを抱えたまま走り出し、そのままゴールに入ったのです。
ここから、ラグビーフットボールが始まったと伝えられています。
こうしてイギリスの「フットボール」は、アソシエーションフットボール(サッカー)とラグビーフットボールに分化していったのです。
【3】スポーツ化と共に自然発生した「ユニフォーム」
フットボールのルールが整備され、「スポーツ化」されると同時に、自然発生的に誕生したのが、敵と味方を見分ける「ユニフォーム」です。
当時の出版社が刊行していた『ハンドブック・オブ・フットボール』(1867年)という書物の中に、選手の服装について、
「白いフランネルのズボンに、身体にぴったりフィットした
〝ストライプドジャージ(縞のジャージ)〟」
という記載があるそうです。
この〝ストライプドジャージ(縞のジャージ)〟こそが、今日の「スウェットシャツ」の元祖なのです。
【ヴァーティカルストライプのフットボールジャージ】
どうして「ストライプドジャージ」かというと、この場合の〝縞〟とは、おそらく〝ホリゾンタルストライプ(横縞)〟のことだと言われています。
ホリゾンタルストライプは、「ジャージ」の起源である「フィッシャーマンズセーター(漁師のセーター)」に使われていたモノで、
彼らはごく自然にその縞の伝統を受け継ぎ、ユニフォームに採用したのだろうとされています。
そしてその後、ストライプの色柄が、簡単に敵味方を識別できると重用されていきます。
1870年代頃になると、「ホリゾンタルストライプ(横縞)」は、主としてラグビーフットボールの選手たちに、
「ヴァーティカルストライプ(縦縞)」は、主としてアソシエーションフットボール(サッカー)の選手たちに、
それぞれ着用されるようになり、これは現在まで継承されています。
【ラグビー日本代表チームのユニフォーム】
【サッカー (伊)インテルのユニフォーム】
長い道のりでしたが、ここで、「ジャージ」と「フットボール」とがようやく出会い、繋がりました。
「フットボール」はその後アメリカに渡り、ラグビーフットボール形式を採用した、「アメリカンフットボール」に分化します。
1870年代頃のことだそうです。
1875年には、ハーヴァード大学 V.S. イエール大学のフットボールの試合が行われた記録が残っています。
その後、20世紀のアメリカにおいて、ボディにナンバーがついたり、学校名がプリントされたり、裏地を起毛させたりと進化を続け、徐々に現在の形になっていきます。
【アメリカ海軍学校のフットボール・ジャージ】
しかしその形状は、イギリスで発祥した当時の「フットボール・ユニフォーム」とほとんど変わっていないのです。
と、いうことで…
改めてスウェットシャツの辿った道のりを整理してみると、
①フィッシャーマンズセーター
▪「ジャージーセーター」や「ガンジーセーター」を起源とする漁師のセーター
②フットボール・ユニフォーム
▪「ラグビーフットボール」のホリゾンタルストライプ
▪「アソシエーションフットボール(サッカー)」のヴァーティカルストライプを起源とする、「ストライプドジャージ」
③現在のスウェットシャツ
▪コットン製、丸首、長袖(半袖のものもある)、リブ編み、裏起毛など
と、繋がってきたことがわかります。
このような悠久の歴史を辿ってみると、普段何気なく着ている「スウェットシャツ」も、少し違って見えてきませんか?
【4】愛用の「スウェットシャツ」
最後に、僕が長年愛用している「スウェットシャツ」をご紹介して終わりにします。
【上…古着のスウェットシャツ 下右…古着のスウェットシャツ 下左…ヴィンテージのチャンピオン】
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
【参考文献】
コメント
手にして迷いなく購入する雑貨などは英国のものです。スウェットの記事を読んでまたまた慄きました。車では乗り味… カタイがキーワードの様な。。イギリスのヴィンテージ家具の机も何故か、机上で跳ね返って来るような感覚があります。solid な感覚を衣服を通して、衣服を通すということは、マインドを通して知ることができればと期待します。ビームスで久しぶりにスウェットを買ったところでした♡
読んで頂いてありがとうございます。
靴・鞄・スーツ・家具、なんでもそうなのですが、
〝一生モノ〟というのは、例外なく「半製品」です。
半分だけしか出来上がっていないんです。
あとの半分は、オーナーがそのモノと寄り添い、
長い年月をかけて仕上げるんですね。
「買った時点で一生モノ」なんてことはあり得ません。
英国製品には、この〝半製品〟が多いんです。
元々、そういう前提で作られている。
「ここまでは丹精込めて作っておいたから、あとはあなた次第ですよ。」
という、職人のメッセージをひしひしと感じます。