船乗り達のジャケット
〜ピー・ジャケット(ピー・コート)〜
こんにちは。
このブログは、〝洋服屋の一生モノブログ〟というタイトルからも分かる通り、キーワードは、〝一生モノ〟です。
「〝一生モノ〟というフィルターを通してモノを見る」
ことで、世の中に氾濫したモノを一度篩(ふるい)にかけ、本当に良いモノだけを抽出していこう。というのが大きなテーマです。
皆さんもよく存じの「ピー・コート」。
防寒用コートとして、ダッフル・コートと並ぶ〝冬の定番〟ですよね。
しかしこれ、
厳密に言うと「ピー・ジャケット」が正解で、欧米では「ピー・ジャック」と呼ばれます。
さらに、
多くの人が「ピーコート」という〝ひとつの単語〟として理解しているので、
「じゃあピーコートの〝ピー〟って何?」
などという根本的な質問に対して、ほとんど明確な答えを持ち合わせていない。
というのが現状でしょう。
試しに洋服屋に行って、店員にこう聞いてみてください。
「前から気になってたんですけど、ピー・コートの〝ピー〟ってどういう意味なんですか?」
「………。」
おそらく固まって、それ以上何も喋らなくなるはずですよ(笑)
とまあ、冗談はさておき、
今回は、「ピー・ジャケット」について掘り下げていきたいと思います。
どうぞ最後までお付き合いください。
【1】僕が愛用している「ピー・ジャケット」
最初に、僕が長年愛用している「ピー・ジャケット」をご紹介します。
【ピューリタンのUSA製 ヴィンテージ ピー・ジャケット】
【フロントは、両前の使用になっています。】
【左前】
【右前】
【2】ピー・ジャケットの原型① 〜pijjekker〜
「ピー・ジャケット」の原型が服飾史上に初めて登場したのは、今から約300年も前(1720年代初頭)のことだったと言われています。
その当時、北欧の漁村では船乗りや漁師達が、
「粗い紡毛地を使った丈の短い、打ち合わせが両前のジャケット」を着て、毎日極寒の海へと繰り出していました。
この時の「丈の短い、紡毛地の両前仕様のジャケット」こそが、現在の「ピー・ジャケット」の原型であると伝わっています。
フロントが両前合わせ仕様であるのは、
極寒の船上で、その風向きによって自由に前合わせを換え、風の侵入を防ぐ工夫です。
当時の呼び名は、「pijjekker」。
オランダ語で、「ピイェッケル」と読みます。
分解すると、「目の粗い厚手のウール生地」という意味の〝pij(ピイ)〟と「上着・ジャッケット」を意味する〝jekker(イェッケル)〟となります。
これが英語圏に伝わると英語読みされ、「Pea jack(ピー・ジャック)」「Pea jacket(ピー・ジャケット)」と呼ばれるようになりました。
以上のことを総括すると「ピー・ジャケット」とは、
「〝目の粗い〟〝縮絨した厚手のウール〟を使用した、〝着丈の短い〟〝両前仕様〟の上着」
ということになるのです。
【3】ピー・ジャケットの原型② 〜リーファー・ジャケット〜
19世紀に入ると、この「pijjekker(ピイェッケル)を、英国海軍の水兵達が艦船上で身につけるようになります。
当時は、主に帆船の帆を巻き上げたり下ろしたりする「縮帆係(リーファー)」が身につけていたことから、
「リーファー・ジャケット」と呼ばれていました。
『男の服飾辞典』(婦人画報社)によると、
当時の「リーファー・ジャケット」は以下のような特徴を持っていたそうです。
→両前(ダブル)3ボタンないし4つボタンの全体的にゆったりした形状の短丈のもので、サイドに浅くスリッドが入っていた。
さらに、甲板での屋外作業時に外套(コート)として着用された「リーファー・ジャケット」と、平常時に上衣(ジャケット)として着用された「リーファー・ジャケット」が存在するらしく、
外套用(コート)には、濃紺のパイロット・クロス(綾織の厚手ウール地)が、
上衣用(ジャケット)には、濃紺のウール・サージ(同じく綾織のウール地ですが、比較的薄手)が使用されていたようです。
この時枝分れした、〝2種類のリーファー・ジャケット〟のうち、
外套(コート)用リーファーが、その後アメリカ海軍「U.S.NAVY」など、様々な国の軍服として採用され、現在の「ピー・ジャケット」へと進化していきます。
【ピー・ジャケットを着用した水兵】
一方、上衣(ジャケット)用リーファーはその後、
「ブレイザー号」艦長の提案により、全艦員の制服として採用され、それが次第に一般化していく過程で、今日の「ダブルのブレザー」へと進化していくのです。
【リーファージャケットの制服】
こうして時代を追っていくと
①北欧の船乗りの防寒着 「pijjekker(ピイェッケル)」を原型に、
②イギリス海軍の水兵(主に縮帆係)が着た、外套用(コート用)リーファー・ジャケットへと姿を変え、
③アメリカなど各国海軍の軍服に採用され、さらに進化し、
④現在のピー・ジャケットへ
という、「ピー・ジャケット」が辿ってきた道のりが、はっきりと見えて来ますね。
以前、どこかの記事でも同じことを書きましたが、
ある服の歴史を追っていくと、必ずどこかでその原型が現れます。
それを追っていくと、またその原型が現れます。
これが服飾の面白さであり、なんとも言えない奥深さでもあるのです。
【参考文献】
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