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英国人が認めた〝タフな服〟 【1】〜Barbour(バブアー )物語〜

 

英国人が認めた〝タフな服〟

〜Barbour(バブアー )物語〜

【1】

 

こんにちは。

このブログは、〝洋服屋の一生モノブログ〟というタイトルからも分かる通り、キーワードは、〝一生モノ〟です。

 

「〝一生モノ〟というフィルターを通してモノを見る」

ことで、世の中に氾濫したモノを一度篩(ふるい)にかけ、本当に良いモノだけを抽出していこう。というのが大きなテーマです。

 

オイルドクロスの「ハンティングジャケット」や「モーターサイクルジャケット」と言えば、男性ならピンとくる人も多いと思います。

 

正直、女性が好んで着る上着とは言いにくいので、女性にはイメージが湧きにくいかもしれませんね。

 

オイルドクロスとは別名「ワックスドコットン」とも呼ばれ、緊密に織り込まれたコットン製の布地にオイルを何層にも重ね、染み込ませた防水生地のことです。

 

そして、

この生地を発明し、20世紀のイギリスにおいて、漁師から英国軍・旅行者、競技者、海外駐在者、果ては王族・貴族に至るまで、ほぼ全ての英国人の需要を満たした小さな店が、今もイングランド北東部サウスシールズという港町にあります。

 

その名は、「Barbour(バブアー )」

 

ということで、

今回は、ここ10年で日本でもすっかり定着した「オイルドクロス」の生みの親「Barbour」が持つ、120年という長きに渡る歴史を辿っていきます。

 

どうぞ最後までお付き合いください。

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【1】Barbour(バブアー )誕生の地 サウス・シールズ

Barbour(バブアー )の創業者は、スコットランド出身の「ジョン・バブアー」

 

【Barbour(バブアー)の創業者ジョン・バブアー 】

 

そのジョンが、防水衣料を扱う小さな店を開いたのは1894年のことです。

場所はイングランド北東部、タインアンドウェア州を流れるタイン川河口付近の港町でした。

 

タイン川をはさんで北側がノース・シールズ、南側がサウス・シールズです。

ジョン・バブアー が開いたこの店は、南側のサウス・シールズに今もちゃんと残っています。

 

【イングランド・サウスシールズ】

 

バブアーがあるイギリスの東海岸側は、北海を挟んでヨーロッパ大陸と向かい合う形になっています。

この北海を中心とした漁場では、タラとニシン漁が盛んに行われていました。

 

【北海沿岸のニシン漁】

イギリスといえば、「フィッシュ&チップス」が有名ですが、その「フッシュ」の正体がタラです。

 

【フィッシュ&チップス】

 

当時、荒れ狂う極寒の海に出て行く漁師達が身を守るために着込んでいたのが、ジョン・バブアー が提供していたオイルドクロス製の防水服でした。

 

この他にもサウスシールズは、古くから造船業が発達した町で、規模の大小に関わらず出船・入船がひっきりなしだったといいます。

特に東寄りの風が吹いて海がシケると、港は波除けの船でいっぱいになりました。

 

ジョン・バブアー は当初、この港町でオイルドクロス製の防水衣料を行商して歩いていたのです。

 

その後、店を開いたジョンの最初の客になってくれたのは、農家の人や、その農家を訪ね牛乳を買い集める「ミルクマン」と呼ばれる人たちだったといいます。

防風・防水機能に優れたオイルドクロス製の衣料は町中で話題になり、炭坑で働く坑夫や林業に関わる人たちが顧客に加わります。

 

さらには、

碇(いかり)、ケーブル、ロープ、ブロック、マストなど船にまつわる仕事をする人たちが店にやってくるようになり、その船に乗って漁に出る漁師たちもバブアーの防水服に大きな信頼を寄せていました。

 

こうして、

バブアー のオイルドクロス製防水衣料は、サウスシールズの町になくてはならないものとして地元の人々に認知されていったのです。

 

【2】オイルドクロスのオイル

今見てきたように、イングランド北東部の港町サウスシールズにおいて、外で働く者たちにはオイルドクロス製の防水服が必要不可欠でした。

 

一方で、

「自分が提供する衣料で少しでも快適に働いてほしい」という熱い想いを、当然ながらジョンも抱いていました。

 

ジョンは防風・防水機能をより高める為に、布地に引くオイルについての試行錯誤を繰り返しました。

 

すでに述べたように、オイルドクロスとは、コットン製の布地の上に、オイルを何層にも塗り重ねて染み込ませたものです。

 

オイルを温めて溶かし、生地にまんべんなく塗っては乾かす。

この工程を少なくとも7〜8回は繰り返さないと、防風・防水の用が足りる服は到底できあがりません。

 

オイルがさらさら過ぎても具合が悪いし、逆に粘土が高すぎてもうまく布に広がりません。

 

満足のいくオイルの配合が決まるのには、相当な時間と経験を積み重ねるしかありませんでした。

 

創業当初使っていたのは、北海で水揚げが多かったタラの肝油だったと言います。

しかし、

これは防風・防水性には優れていましたが、とんでもない悪臭を放ったそうです。

その後、タールや蜜蝋を使っていた時代があり、80年代ごろには布の耐久性を増す目的で、オイルに銅を添加して引いていたとも言われています。

 

現在のBarbour社製オイルド・ジャケットにおいて、臭いの問題はほぼ解消されています。

使われているオイルやその配合については、企業秘密だそうですよ。

 

なにはともあれ、

ジョン・バブアーが「Barbour」を創業した19世紀末、その防水能力の高さや頑丈さを肌で感じ、絶大な信頼を寄せた人たちは、荒れ狂う北海に繰り出す船の上にいたのです。

 

 

そして、

この小さな港町で評価を得た防水衣料が、その後英国軍や王族・貴族に重用されるまでになろうとは、この時点では誰も考えもしなかったことでしょう。

 

創業者のジョン・バブアーでさえも…

 

 

次回の「Barbour(バブアー)物語【2】」では、

いよいよ20世紀初頭における「Barbourの成長期」にフォーカスしていきますので、どうぞお楽しみに。
【参考文献】

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