アメリカの発展を足元から支えたブーツ 【1】 〜RED WING物語〜

 

アメリカの発展を足元から支えたブーツ

〜RED WING物語〜

【1】

 

こんにちは。

このブログは、〝洋服屋の一生モノブログ〟というタイトルからも分かる通り、キーワードは、〝一生モノ〟です。

 

「〝一生モノ〟というフィルターを通してモノを見る」

ことで、世の中に氾濫したモノを一度篩(ふるい)にかけ、本当に良いモノだけを抽出していこう。というのが大きなテーマです。

 

 

「RED WING」

 

 

男性なら一度は耳にしたことのあるこの名前と、見覚えのある「赤い羽根のロゴ」は、あまりにも有名ですよね。

 

言うまでもなく、「RED WING社」はアメリカで110年以上の歴史を誇るシュー・メーカーです。

 

このシュー・メーカーが誇る「ワークブーツ」の歴史は、20世紀に飛躍的発展を遂げた「アメリカ産業の歴史」そのものと言っても過言ではありません。

 

「レッド・ウィング・シューカンパニー」の創業は1905年。

創業者はドイツからの移民一世であった、チャールズ・ベックマンという人物です。

 

【チャールズ・ベックマン】

 

 若き日のベックマンが、なぜ19世紀末のアメリカで靴作りに人生を賭けたのか。

そして、その後「RED WING」がどのように発展していくのか。

 

それを理解する為には、事前に以下の2つのポイントを知っておくことが非常に重要です。

 

1.この頃のアメリカがどんな国だったのか。

2.靴産業発展の歴史

 

ということで、

今回はこの2つの時代背景も解説しながら、「RED WING」の歴史を紐解いて行きたいと思っています。

 

どうぞ最後までお付き合いください。

 

【1】19世紀末のアメリカ合衆国

17歳のチャールズ・ベックマン少年が、ドイツからアメリカに移住してきた1873年当時のアメリカは、時代区分で言うところの「西部開拓時代」の真っ只中にあたります。

 

アメリカ合衆国という国は、1776年の独立当初東部13州からスタートし、その後100年以上をかけて西へ西へと広がって行き、その度に星条旗の星の数を増やしていきました。

 

【アメリカ国旗の変遷】

 

特に1804年にミシシッピ川以西の土地がフランスからアメリカに譲渡されると、これが契機となり西武開拓史が幕を開けます。

さらに、

1848年にカリフォルニア州で金鉱が発掘されたことで、翌年から「ゴールド・ラッシュ」が湧きおこり、太平洋側から内陸への開拓の波も同時に生じました。

 

そして、

1869年には「大陸横断鉄道」が開通し、これにより、東海岸から西海岸がひとつの鉄道網で結ばれます。

 

これは、蒸気船の時代から鉄道の時代に切り替わったことを告げる、アメリカ史上とても大きな出来事でした。

 

こういった背景の中で人々は新天地を求めて移動し、森を切り開き、荒地を耕し、そこに次々と街を築いていきます。

 

「未知の土地に分け入る勇気と労働力さえあれば、新たな人生を掴める。」

 

この時代、誰もがそう信じて疑いませんでした。

 

チャールズ・ベックマンは、そんな時代にドイツからアメリカへ移住してきたのです。

 

彼が移住先として選んだのが、ミシシッピ川に面するミネソタ州東部の小さな街「レッド・ウイング・シティ」

このレッド・ウィング・シティには、かつて多くのインディアンの種族が住んでいて、街の名は当時この土地を治めていたスー族の大曾長「ワクタ・レッドウィング」の名前をとって付けられたものです。

 

ベックマンはこの地で、S・B・フットという靴職人に靴作りや皮鞣し(かわなめし)のノウハウを学んだのち、地元の14人の仲間と共にひとつの小さな靴工場を建てました。

 

こうして1905年にチャールズ・ベックマンと14人の有志で設立されたのが、

「レッド・ウィング・シューカンパニー」です。

 

このように、

ベックマンが靴作りを志した理由のひとつとして、

西部開拓時代の終焉後、人々が体を張って産業を興しはじめたこの20世紀初頭に、様々な職種のワーカー達による靴の需要がピークに達したという事実は、しっかりと理解しておく必要があります。

 

それは例えば、

危険な現場での靴、高所で電線を張る作業の為の靴、森林伐採向けの靴、鉄道機関士の為の靴といったような、ありとあらゆる靴の需要でした。

 

 

【2】アメリカ靴産業の発展

そしてもうひとつ見過ごせないのは、19世紀における飛躍的な靴産業の発展です。

 

19世紀半ば〜19世紀末にかけてのこの時期は、まさに「靴の産業革命」と言える時代です。

 

1850年頃までの靴ビジネスというのは、職人が一足一足すべて手作業で作り、行商人が各地を旅しながら売り歩くスタイルが主流でした。

 

そんな中、

1858年マサチューセッツ州のラインマン・ブレイクによって「底縫い機」が開発されたことにより、工場での大量生産が可能になり靴産業の新時代が幕を開けます。

 

その後、

1864年には、ゴードン・マッケイによりソールとアッパーを同時に縫うことが可能な「マッケイ・ミシン」が開発されたことにより、さらに技術革新が進み、

さらに1875年にチャールズ・グッドイヤーの手によって「グッドイヤー・ウェルト・ミシン」が開発されたことで、20世紀に起こる「アメリカ靴産業の飛躍的発展」の為の下地が完全に出来上がったと言えます。

 

この一連の「アメリカ靴産業の革命時代」とチャールズ・ベックマンがアメリカに移住してきた時期は、ピタリとリンクします。

 

このことから、

ベックマンが靴作りを志した背景には、当然このあたりの出来事も大きく影響しているとみてまず間違いないでしょう

 

 

このように、

①20世紀初頭のアメリカ国内において、靴の需要がピークに達していた。

②アメリカで靴産業が飛躍的に成長した。

 

という「2つの時代背景」が大前提にあってこそ、その後の「RED WING」の発展があるということを、まずは頭に入れておいてくださいね。

 

 

このことを踏まえて、次回はいよいよ「RED WING」発展の歴史とその過程で生まれた名作の数々に迫って行きます。

 

どうぞ、お楽しみに。
【参考文献】

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