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アメリカの発展を足元から支えたブーツ【2】 〜RED WING物語〜

 

アメリカ発の発展を足元から支えたブーツ

〜RED WING物語〜

【2】

 

 

こんにちは。

このブログは、〝洋服屋の一生モノブログ〟というタイトルからも分かる通り、キーワードは、〝一生モノ〟です。

 

「〝一生モノ〟というフィルターを通してモノを見る」

ことで、世の中に氾濫したモノを一度篩(ふるい)にかけ、本当に良いモノだけを抽出していこう。というのが大きなテーマです。

 

 

前回の『RED WING物語【1】』では、

20世紀におけるアメリカ産業の発展を陰で支えた「レッド・ウィング・シューカンパニー」の歴史を紹介する前に知っておいてほしい、〝2つのポイント〟について触れました。

 

おさらいすると、

①20世紀初頭のアメリカにおいて、ワーカーたちによる靴の需要がピークに達していたこと。

 

②靴産業が飛躍的に発展し、大量生産体制が整ったこと。

でしたね。

 

このことを踏まえて今回の『RED WING物語【2】』では、

20世紀における、レッド・ウィング・シューカンパニー発展の歴史を見ていくことにしましょう。

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【1】苦悩の立ち上がり

すでに述べた通り、ベックマンが「レッド・ウィング・シューカンパニー」を設立した1905年当時、靴の製法は完全に機械化され、大量生産体制が整いつつあったのですが、

レッド・ウィングのような設立して間もない小さな靴メーカーにとって、高額のミシンを何台も買い揃える事は負担もリスクも大き買った為、画期的な発明の割に国内での普及が進んでいませんでした。

 

そこで、

「マッケイ・ミシン」の発明者であるゴードン・マッケイと、「グッドイヤーウェルト・ミシン」の発明者であるチャールズ・グッドイヤーの2人が自ら立ち上がり、リース契約のシステムを考案します。

そして、U.S.M.C.(United Shoe Machinnery Co.)という会社を設立し、靴用ミシンのアメリカでの供給を一手に担う事にしました。

 

これによってミシンが手に入りやすくなった事で、全米各地で靴工場が設立されていくのです。

1910年には、全米に1300以上の工場が存在していたと言われています。

 

しかし、

裏を返せばこの数字は、靴の需要がそれほどまでに爆発的に増えていたということの証明に他なりません。

 

RED WINGも設立当初からU.S.M.C.と契約を結び、性能の高いミシンと設備を揃え、1日100足ペースで常時生産できるようにまでなっていきました。

 

しかし、

会社の知名度は中々上がらす、大量生産品ではこれといって靴の品質を保証する術もありませんでした。

 

チャールズ・ベックマンはこの時期、苦悩の日々をなんとか耐え忍んでいました。

 

【2】ベックマンの英断

そんな苦悩の日々が続く中、ベックマンは勇気ある決断に踏み切ります。

 

「外で評価される者は、まず地元で評価されるべきである」

と考え、不特定多数に向けた特徴のない靴を作ることをやめ、地元のワーカー達の声に耳を傾け、その人達に向けた靴を丁寧につくり、技術力をPRすることにしたのです。

 

当時、RED WINGがあるミネソタ州は小麦の生産でトップクラスの地域で、周辺には農家や牧場が多く、男達は毎日朝から晩まで働いていました。

 

ベックマンはまず、この地元の農夫達が快適で安全に働ける靴を作ることに決めます。

そして1912年、

現在履いている靴の改善点や悩みを丁寧にヒヤリングして拾い上げ、一足のワークブーツを世に送り出します。

 

BLACK and BROWN CHIEF 〝The Farmer’s Shoe〟

「チーフ・ライン」と呼ばれる、RED WING初期の名作です。

 

 

現在も〝RED WING ヘリテージ・ライン〟で発売されている、「アイアン・レンジ」の祖先と言われています。

 

この「チーフ・ライン」には、〝マヌア・プルーフ〟と呼ばれる「耐堆肥加工」によるなめし革のアッパーが使われ、

さらにソール付けには、頑丈な「グッドイヤーウェルト製法」が採用されました。

 

これにより、

作業中に堆肥がついたり水に濡れても革が傷みにくく、ソールの交換・修理が可能な、理想的な「ファーマーズ・ブーツ」が完成したのです。

そして、

この「チーフ・ライン」は地元の農夫達の間でたちまち評判となり、その品質の高さは全米中に知れ渡りました。

 

 

「地元ミネソタで働く多種多様な職種の人々が、本当に必要とする靴を作って、快適に安全に働かせてあげたい。」

 

そんなベックマンの誠実で熱い想いが、徐々に地元の人々に伝わり始めていました。

 

ここからRED WINGは、様々な職種に特化したワークブーツを作ることに専念していきます。

 

この英断がのちに、

■高所で作業する電線工の為の「ラインマン・ブーツ」

■樵(きこり)たちの為の「ロガー・ブーツ」

■鉄道機関士の為の「エンジニア・ブーツ」

 

と言った数々の名作を生み出し、1920年までのRED WING発展の礎を築きあげました。

 

そして、

1921年、第3代社長にJ.R.スィージーが就任した事で、RED WINGは大きな転換期を迎えることになります。

 

スィージーは、靴業界に革命をもたらす大きな挑戦に打って出たのです。

 

それは、当時世界中を驚かせた「ラバーソールの開発とワークブーツへの採用」いう最先端の考えでした。

 

そして、

このラバーソールの開発により、RED WING史上最高の名作として現在も不動の人気を誇る、ハンティング・ブーツの「アイリッシュセッター」が誕生するのです。

 

 

ということで、

次回は名作「アイリッシュセッター」シリーズの誕生に迫っていきます。

 

さらに、

 

僕が学生時代に購入して、10年以上愛用している「アイリッシュセッター」も紹介しますので、そちらもどうぞお楽しみに。
【参考文献】

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